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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)7565号 判決 1985年1月28日

原告

馬場英郎

右訴訟代理人

中平健吉

被告

社団法人稜威会

右代表者理事

中西旭

右訴訟代理人

藤井光春

主文

一  被告は、原告に対し金五〇一四万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告において原告に対し金二五〇〇万円の担保を供するときは右の仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2、4、7の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二本件事件の報酬額についての約定の有無について

1  <証拠>によれば、原告が本件事件を受任した当時、青山が原告の事務所を訪ね、被告には十分な資力がないので着手金をまとめて支払うことはできないが、受任してもらいたい旨の申入れをし、原告もそれを受けて、本件事件を受任したことが認められるが、その際、勝訴した場合には報酬規則以上の報酬を支払う旨の合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

2  また、原告と青山との間で、手数料を、差し当たり一五万円、以後半年ごとに五万円ずつ支払うことによつて支払済みとする旨の合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

三本件一団の土地、建物の明渡交渉及び和解契約について

1  <証拠>を総合すれば、原告は、昭和五四年七月二一日、被告理事河戸から、本件一団の土地、建物の明渡し等について相手方らとの間で交渉し、和解契約を締結し、その覚え書を作成すること等について委任を受け、その後、相手方ら代理人大橋弁護士との間で、和解契約の内容及び覚え書の文案について交渉し、その結果、特に第三者名義の土地について相手方らの占有を被告が承継することを明確にした覚え書の文案が作成され、和解契約が締結されたことが認められる。

2  この点に関して、<証拠>によれば、右原告と大橋弁護士との交渉と並行して、被告の新村、河戸両理事と相手方らの担当者笠原とが、直接本件土地、建物の明渡しについて交渉していたこと及び作成された覚え書に代理人の連署がないことが認められるが、前掲各証拠によれば、右当事者間の直接の交渉は、双方の教義上の問題及び現実の明渡しについての条件等に関するものであると認められるのであるから、それにより原告と大橋弁護士との交渉が全く無意味となるというものではなく、むしろ、覚え書作成にあたり法律上重要であつた第三者名義の土地の取扱いは、原告と大橋弁護士との交渉の結果であると言うべきである。覚え書に代理人の連署がないというだけでは、前記認定を覆すことはできない。

3  以上によれば、原告は、昭和五四年一二月五日の右覚え書調印により、被告から委任された本件一団の土地、建物の明渡しという目的を達成したものと言うべきである。

四相当な報酬額の算定について

前記のように、報酬額について明確な取決めがなされていたとは認められない本件事件については、報酬規則を基本として、本件事件の事案の内容、難易、解決に要した時間、労力等諸般の事情を勘案して相当な報酬額を算定すべきである。

1  報酬額算定の基礎となるべき係争物の価格について

(一)  本件事件における係争物について

(1) <証拠>を総合すれば、本件事件は本件土地、建物の所有権及びこれに基づく登記請求権を訴訟物とするものであり(所有権が争点であることについては当事者間に争いがない。)、控訴審(訴訟3)において初めて、相手方らから、本件土地、建物についての使用貸借契約締結の主張が出されたものであることが認められる。

(2) 右の相手方らの主張は、所有権に基づく明渡請求に対して、相手方らの占有権原を基礎づける主張(抗弁)にすぎず、独自に訴訟物を構成するものではないのであるから、本件土地、建物の所有権とは別にその占有権についても独自に係争物であるとすることはできないものと言うべきである。

(二)  係争物価格算定の基準時について

(1)  <証拠>によれば、報酬規則三条、改正報酬規則二条二項に、手数料は事件受任と同時に、謝金は依頼の目的を達したときに支払を受ける旨、それぞれ規定されていることが認められる。

(2)  右によれば、謝金については、委任の目的を達したとき、即ち昭和五四年一二月五日における本件一団の土地、建物の時価をもつて係争物の価格とすべきであるが、手数料については、各訴訟の受任時の本件土地、建物の時価をもつて係争物の価格とすべきであると解するのが相当である。

(三)  本件土地、建物の各時価について

(1) <証拠>を総合すれば、昭和五五年一月二二日の日本経済新聞夕刊に、本件土地の隣地が一平方メートル当たり四二万三二八五円の価格で売りに出されている旨の広告記事が掲載されていることが認められる。

(2) しかしながら、右隣地は、住宅用地として造成された状態で売りに出されているものと考えられ、右価格には、その宅地造成費用及び売りに出している業者の売却利益が含まれているものと言うべきである。

(3) <証拠>を総合すれば、本件土地には上、下水道、ガスなどの施設はなく、同地上には、禊道場、禊場、管理人宿舎、稲荷宮が存在し、右以外の部分は、うつそうと樹木が生い茂つている状態であること、本件土地を宅地として開発するには、種々の法規上の制約が存し、相応の費用を要することが認められる。

(4)  以上によれば、本件土地の価格は、前記隣接宅地の価格より低額であると言うべきであるが、具体的にどの程度低くなるかという点については、これを判断するに足りるだけの資料がない。

(5)  そこで、本件土地近隣基準地の公示価格をもつて、本件建物も含めた本件係争物の価格と考えるのが相当である。何故なら、公示価格は地価公示法に基づいて公示される地価であつてそこには不動産業者の売却利益は含まれないし、一般に実際の取引価格より低額であると言われているが、本件土地のように一般の宅地よりも低額になる要素を持つた土地の場合には、むしろ客観的価値に近いと言えるからである。そして、前記のとおり、本件土地は種々の低額要素を有しているのであるから、本件建物の価格は、独立に考慮する必要はないものと言うべきである。

(6) 本件土地の近隣基準地の昭和四五年一月一日から昭和五五年一月一日までの公示価格が別紙近隣基準地公示価格一覧表のとおりであることは当裁判所に顕著である。

(7) 昭和四四年以前については、公示価格は公表されていないが、本件土地の固定資産税課税評価額を基にして、昭和四五年から昭和五五年までの右評価額と近隣基準地公示価格との比率の平均値を各年度の評価額に乗ずることによつて係争物の価格を算定するのが相当である。

(8) <証拠>によれば、本件土地の一平方メートル当たりの固定資産税課税評価額は、別紙本件土地固定資産税課税評価額一覧表記載のとおりであることが認められ、右によれば、昭和四五年から昭和五五年までの評価額と近隣基準地公示価格の各比率及びその平均は同表記載のとおりであることが認められる。

(9) <証拠>によれば、訴訟1では別紙物件目録記載一ないし三の土地の所有権が争われ、訴訟1に併合された訴訟2、控訴審である訴訟3、上告審である訴訟4では、別紙物件目録記載一ないし六の土地(本件土地、面積合計2476.26平方メートル)及び同目録記載七の建物の所有権が争われ、明渡しの覚え書作成にあたつては右土地に西武鉄道、東京都の所有名義の土地も含めた総面積2822.47平方メートルの土地(本件一団の土地)及び右建物が対象となつていることが認められる。

(10) 以上によれば、各審級の手数料及び謝金の額の算定の基礎となる係争物の価格は次のとおりとするのが相当である。

(ア) 第一審手数料の場合

昭和四四年度固定資産税評価額五〇〇〇円(一平方メートル当たり)に前記平均比率3.3を乗じた一平方メートル当たり一万六五〇〇円に、係争土地面積2476.26平方メートルを乗じた四〇八五万八二九〇円が係争物の価格である。

(イ) 控訴審手数料の場合

昭和四九年五月一日当時の価格は、前記近隣基準地公示価格に照らせば、一平方メートル当たり一二万一三三四円とするのが相当であるので右に係争土地面積2476.26平方メートルを乗じた三億〇〇四五万四五三〇円が係争物の価格である。

(ウ) 上告審手数料の場合

昭和五三年一月一〇日当時の価格は、一平方メートル当たり一二万五〇〇〇円とするのが相当であるので、右に係争土地面積2476.26平方メートルを乗じた三億〇九五三万二五〇〇円が係争物の価格である。

(エ) 謝金の場合

昭和五四年一二月五日当時の価格は一平方メートル当たり一六万円とするのが相当であるので、右に対象土地面積2822.47平方メートルを乗じた四億五一五九万五二〇〇円が係争物の価格である。

2  報酬割合について

(一)  報酬規則、改正報酬規則、改正報酬規則附則に次の定めがなされていること及び改正報酬規則が昭和五〇年七月一日に施行されたことは当事者間に争いがない。

(1) 裁判上の事件は、審級ごとに一事件とするが、二審又は三審を通じて受任した場合の謝金は、事件終了のときこれを受けるものとする。

(2) 改正報酬規則施行の際、現に処理中の事件については、従前の例による。

(二)  右によれば、本件事件の第一、二審の手数料及び謝金については、報酬規則の報酬割合についての規定が適用されることになるが、上告審の手数料については、前記のとおり上告審(訴訟4)の受任が改正報酬規則施行後である昭和五三年一月一〇日であるので、報酬割合についても、改正報酬規則の規定が適用されるものと解するべきである。

(三)  報酬規則に、報酬額の標準として係争物の価格が五〇〇〇万円を超える場合には、報酬額割合が手数料、謝金共に五分ないし八分であるとの定めがなされていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(1) 報酬規則に、報酬額の標準として、係争物の価格が一〇〇〇万円を超え、五〇〇〇万円以下の場合の報酬割合は、手数料、謝金共六分ないし一割とする旨の規定がなされている。

(2) 改正報酬規則に、報酬額の標準として、報酬割合が次のとおり規定されており、更に、右割合による額について、事件の内容により、三〇パーセントの範囲内で増減額することができる旨定められている。

係争物の価格               手数料及び謝金の割合

五〇万円以下のもの            各一五パーセント

五〇万円を超え一〇〇万円以下の部分    各一二パーセント

一〇〇万円を超え三〇〇万円以下の部分   各一〇パーセント

三〇〇万円を超え五〇〇万円以下の部分   各八パーセント

五〇〇万円を超え一〇〇〇万円以下の部分  各七パーセント

一〇〇〇万円を超え五〇〇〇万円以下の部分 各五パーセント

五〇〇〇万円を超え一億円以下の部分    各四パーセント

一億円を超える部分            各三パーセント

以上

3  相当な報酬割合とそれに基づく報酬額について

(一)  第一審手数料について

(1) <証拠>によれば、第一審の四〇回の口頭弁論期日(判決言渡期日は含まない。)のうち、延期となつたものが九回、実質上和解期日とされたものが三回あるほかは、弁論、証拠調べ等の審理が行われていることが認められる。

(2) <証拠>によれば、本件事件において争点となつたのは、昭和一五年から昭和二八年にかけての、終戦前後の時期における本件土地建物の贈与、占有移転の有無というものであり、その内容及び立証は相当の困難を伴うものであつたものと認められる。

(3) 右のような、事案、立証の難易、審理に要した期間、労力等を考え、更に第一審が訴訟1、2の併合審理であつたことも勘案すれば、第一審手数料の額は、前記報酬規則の定めにかかわらず、その最高額である係争物の価格四〇八五万八二九〇円の一〇パーセントを超える四五〇万円とするのが相当である。

(二)  控訴審手数料について

(1) <証拠>によれば、控訴審の二六回の口頭弁論期日(判決言渡期日は含まない。)のうち、延期となつたものが八回、実質上和解期日とされたものが一〇回あり、実質的に審理が行われたのは八回だけであることが認められる。

(2) また<証拠>によれば、控訴審において相手方らから新たな主張が提出されていることが認められるが、他方、右主張の内容が第一審判決を覆すだけの裏付けのある主張であつたとは認められず、むしろ基本的に控訴審判決は第一審判決を維持しているものと認められる。

(3) 右の事実によれば、控訴審においては、原告による立証の必要性、その難度は低かつたものと考えられる。

(4)  ところで、控訴審受任当時の係争物の価格は前記のとおり三億〇〇四五万四五三〇円であるから、前記報酬規則によれば、最低でも係争物の価格の五パーセント、一五〇二万二七二六円が控訴審の手数料の額ということになる。

しかしながら、右報酬規則において、裁判上の事件は審級毎に一事件として報酬を定めるとしているのは、本来、第一審、第二審を独自に受任する場合を念頭においたものと解されるし、結果的にもせよ第一審、第二審を通じて受任することになり、第一審の勝訴判決を踏まえて、特に困難な訴訟活動を要したものとは認められない本件のような場合にまで、右基準に従うことには合理的根拠はない。

これらの事情を考慮すれば、控訴審手数料は、前記報酬規則による額の五〇パーセント強である八〇〇万円とするのが相当である。

(三)  上告審手数料について

(1) 前記のように、上告審手数料については、改正報酬規則が適用され、上告審受任当時の係争物の価格は三億〇九五三万二五〇〇円であるから、右による報酬額の標準は一一一三万〇九七五円となる。

(2)  しかしながら、右基準に従うことに合理的根拠はないことは、控訴審手数料について述べたところと同一であり、特に上告審においては、上告人代理人となるのと、被上告人代理人となるのとでは、弁護士の訴訟活動に格段の差があることは、明らかである。本件においても、<証拠>によれば、上告審における原告の活動は、審理の促進を陳情に行つた程度のものであることが認められるのであるから、上告審手数料は、五〇万円(前記報酬額の標準額の4.5パーセント程度に当たる。)とするのが相当である。

(四)  謝金について

(1) 前記のように本件事件は、事案の内容、立証が複雑、困難であり、その解決までに長年月を要しているのであるから、報酬規則によれば、係争物の価格四億五一五九万五二〇〇円の八パーセントである三六一二万七六一六円が本件の謝金であるということになる。

(2) しかしながら、本件においては、後記のように受任にあたつて支払われるべき手数料がほとんど支払われていないということを考慮すれば、右報酬規則による謝金の額にかかわらず、四〇〇〇万円をもつて本件事件の謝金とするのが相当である。

五奥弁護士の寄与率について

被告の主張3の事実は当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨によれば、奥弁護士は被告の会員であり、被告が、原告とは別個に、独自に委任したものであることが認められる。従つて、奥弁護士の報酬については、原告とは別に被告と奥弁護士との間で決められるべきものと言うべきであり、それにより原告の受けるべき報酬額が減額されるというものではない。

六被告による手数料、謝金の支払等について

1  被告が原告に対し、別紙弁護士費用一覧表記載のとおり、合計二八五万五〇〇〇円を支払つていることは当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、同表記載の昭和四二年八月から昭和五二年一二月までの合計一三五万五〇〇〇円は、本件事件の手数料内金として支払われたものであることが認められ、原告本人(第一回)の供述のうち右事実に反する部分は採用しない。

3  同表記載24、25の金員について、右記載の趣旨で被告が原告に支払つたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、所有権移転登記についての謝礼金については、昭和五五年一二月一七日、原告が被告に対し、本件事件の報酬請求権と右謝礼金の返還請求権とを対等当において相殺する旨の意思表示をしていることが認められる。

七以上によれば、本件事件について被告が原告に支払うべき報酬額は次のとおり合計五〇一四万五〇〇〇円である。

1  相当な報酬額 合計五三〇〇万円

(一)  第一審手数料 四五〇万円

(二)  控訴審手数料 八〇〇万円

(三)  上告審手数料 五〇万円

(四)  謝金 四〇〇〇万円

2  被告による支払、原告による相殺合計額 二八五万五〇〇〇円

3  差引未払額 五〇一四万五〇〇〇円

八<証拠>によれば、請求原因11の事実が認められる。

九以上の次第であるから、原告の本訴請求は、五〇一四万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(大城光代 春日通良 團藤丈士)

物件目録<省略>

訴訟一覧表<省略>

弁護士費用一覧表<省略>

近隣基準地公示価格一覧表<省略>

本件土地課税評価額一覧表<省略>

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